2013年9月11日水曜日

開戦前

タイムアタックの結果を見てBクラスの最終グリッドを獲得した事を確認した。
目標としていたI山さんがファーストロー、静風さんはサードロー、僕はフィフスロー。
ここまでの目標の

何が何でも膝をする!
タイヤをたくさん使ってリアの端っこの文字を消す!!
30秒を切る!!!

すべてクリアできたのでこのまま帰ってもいいくらいと半分は思っていた。
実際に今朝から気さくに話しかけてくれている梨塾の健脚Y木選手ともそんな話をしていた。
しかし欲を言うならばBクラスでフリー走行していたI山さんと静風さんと、バトルをしてみたい。が、グリッドポジションと実力からI山さんには届かない。静風さんならなんとか食い込めるか?

調子に乗ると足下をすくわれかねないとは頭でわかっていても逸る気持ちを押さえられない。
ここで改めてフリー走行を思い出す。
最初はおそるおそる走るもストレートではアクセルを開けられる。
コーナーではなぜかエンブレが効きすぎている気がして失速、帝王コーナーと最終コーナーでギクシャクしてしまうが二本目のフリーでは進入速度を少しあげる事で多少マシになった。1コーナーはいつまでも回り続けている感があって切り返しで開けられない。
途中前走者をアウトから抜こうとしてコースアウト、完全に芝の上を走り転ばなかったのが不思議なほどという場面があったからアウトから仕掛けるのは止めておこう。

というか全体にどこを走っていいのか全くわからない。

Aクラスの走行をよく観察するのがいいのだろうけれど、K-RANが始まると余裕がないだろう。
とりあえずサイティングラップでBクラスのスピードについていって進入速度やコーナーリングスピードを試してみよう。転ばない範囲で。
そう考えながらそれでいてスタートで少なくとも静風さんに並ぶところまではダッシュしようともくろんでいた。
その後はなるようになれだ。

案の定AクラスのK-RANはあっという間に終わってしまい、ライン取りなどを考える余裕はなかったが、スタートの感じはつかめた。

いよいよBクラスのサイティングラップが始まった。
さすがに皆速くて付け入る隙がない、かと思いきや徐々にペースアップしようとしているのか抜けない事はなさそう。
と思ったのもつかの間、やはり速度が上がってくる。

こちらもついていくけれどやはり1コーナーのターン終了が遅いようで切り返しから帝王コーナーの進入は以前ならあまり苦手意識はなかったけれどどうもかったるくて気持ちばかり空回りする。
そのためか相変わらず帝王コーナーで失速。しかしこの立ち上がりと左進入は余裕がある。
最終では入り方が全然わからず立ち上がり勝負に一歩譲ってしまう。

数周の間に集めたデータを小さな頭の片隅に置いておいてちょっとペースが落ちたかも?というタイミングで挨拶代わりに静風さんを左でパスしておく。

あれ?サイティングラップは追い越し禁止だったっけ?

まあいい、本番になるとそう易々とは抜かせてくれないだろうから一度は抜いておかないと。

そして短いウォーミングアップを終えて各車グリッドに整列する。

整列がおわると塾長がフラッグを高く掲げ、同時に排気音が一斉に高鳴っていく。
鼓動も強く、速く脈打ち緊張の極限から今、7年の時を超えてグリーンフラッグが振り下ろされる・・・。

つづく

2013年9月9日月曜日

自己陶酔

遠慮のない雨が降りしきるなかAクラスのフリー走行が始まった。
当然フルウェットの路面であるが常連のAクラスメンバーは皆何事もないように走り出す。
しかし決して無理する事はなく淡々と周回を重ねて行っているようにも見える。
一見速そうに見えない走り、それでいて無駄がないので実はかなり速いという転ばず速くのお手本のような走りだった。

あっという間に走行時間が過ぎBクラスへと移行していく。
このクラスには先輩のI山さんがいる。
よく見ていると2スト250のアドバンテージを最大限に利用してぬれた路面をものともせずにいい音を出して走っていた。
同時に雨の勢いが弱まっている事に気づく。

Cクラスの走行時間になると次はいよいよ自分の番ということで慌ただしく装備を整えたりツナギを着たりしてほとんど見学できなかった。
完全に舞い上がっている感覚であるが、雨脚はどんどん弱まっていき遂にはシールドに落ちてくる雨粒は無くなっていた。
Cクラス残り数分となるところでバイクをピットロードの端に並べ次の走行枠の一番最初にコースインできるように準備する。
と同時に鼓動も高鳴っていく。

いよいよ自分の走行枠がやってくる。
走り出す際に元祖梨塾ガールというべきM女史にゲキを入れられる。転ぶなと。

コースに入ってみるとなぜか2006年の梨耐の続きを走っているような不思議な感覚をおぼえた。所々風景に違和感を感じつつも走りなれた道を進んでいるような。
まだ完全に路面が乾いている訳でもないので慎重に直線だけ開けてコーナーはゆっくり・・・のつもりで走っていたがイカさんからペースダウンの指示をいただく。

調子に乗るな

はい、了解しました。
しかし頭ではわかっていてもお調子者体質の自分は己を押さえる事ができず一度膝が擦れだしたら

あ、オレってまだまだできるじゃん!

という感情に支配され、また皆さんのマナーが良いので強引なことも全くなく気持ちよく走行枠を走る事ができたのだった。

二度目のフリー走行から路面はフルドライとなりあいもかわらないトミンウェザーの健在っぷりを目の当たりにした。
そしてAクラスの異常なスピードもまた目を奪っていった。
決して速そうに見えず、コース上のすべてを水が流れるようにつなげていってタイムが出てきているような感覚。
間違いなく走り手のレベルアップを感じたのだった。

二度目のフリー走行では上半身の力を抜く事に集中した結果かなり太ももとくるぶしでバイクをコントロールすることを思い出してきた。

そして短いランチブレイクを経てタイムアタック。
Dクラスではラップを出そうとクリアラップを探すものの見つける事ができず、焦ってレギュレーション違反を起こす始末。

それでも結果はBクラス最後尾までジャンプアップに成功。
これでヨシ○ズとI山さんとのバトルができたら・・・いいな・・・。

都合のいい皮算用をしながら決勝レースを待っていたんだ。
しかしながら思惑とは全く違う方向で、しかもよりスリリングな展開になるなどとはこのとき全く思いもしなかった、

つづく

2013年9月5日木曜日

再会

いよいよ迎えた梨本塾8月ラウンド、この数日岡妻が子供たちを連れて旅行に出ていたため夜は早くに寝ることができ十分な睡眠を確保してセットしたアラームの2分前に目が覚めた。
体調は万全、忘れ物なし。
ハード目のジャズをかけながらコーヒーを飲み終え、すべての確認を済ませて玄関を開けるとたった今降り出した雨が容赦なく勢いを増していく。

もう一度天気予報を確認すると土浦では降雨量も少なく午後には止むと出ている。
後戻りするつもりもない。

急いでカッパを探してツナギの上から着ようとするがなぜかカッパは下しか見つからない。
仕方なく上はウインドブレーカーを着て一路トミンを目指す。

神奈川県内は土砂降りの雨が続き慎重にスピードもそこそこに走っていると首都高に乗るあたりから雨脚が弱まる。
しかし止んだと思うと降り出すことを繰り返し一向にカッパを脱ぐに至らない。
実はウインドブレーカーにはフードがついていて80キロを超えるとフードに風がはらんで首を締め付けてくる。どうにか上だけは脱ぎたい。
そう思いながら走っていると加平のSAにさしかかった。
同時にシールドにつく雨もなくなったので加平で上着を脱いだ。

とたんに本降りになってきた。

西からの雨雲との追いかけっこである。降らなくなった、かと思えばすぐに落ちてくる。
しかしトミンウェザーの奇跡を信じて東に向かうより仕方がなかったんだ。

常磐道に入ると空の明るさは相変わらずだが雨は完全に止んでいた。
湿気った空気をまといながら走っていると守谷SAにさしかかる。
そういえばどこで降りるんだっけ?
土浦は二つか?出口があったはずで覚えているつもりが不安になりトイレによるついでに塾長に電話して聞いてみようと守谷に立ち寄る。

パーキングに入るといかにもサーキット常連ですと云わんばかりのツナギ姿の人がピカピカのR1000のそばに座っている。塾関係者であろうか?しかしステッカーなどは見当たらず、とりあえずスルーして用を足し塾長に電話をかける。

つながらず。

まぁよくあることだ。
バイクに戻るとR1000の人はまだ座っていた。さすがに違っていても怒られたりはしないだろうと声をかけてみた。

『梨塾に行かれる方ですか?』

突然声をかけたので驚いたのか訝しがっての反応なのか一瞬の間を置いてそうですとの答えをいただいた。
この後おつきあいいただいている塾常連のDirtyCloud氏であった。

しばし談笑しているとこれまた塾常連の赤Z1000氏が合流しいろいろお話をさせていただいた。なんだか楽しくて勝手に喋くりまくったが気分を害していなければよいのだけれど。

そうこうしているうちにいい時間になったのでふたたび土浦を目指した。
割と混雑していたので途中はぐれてしまうのだが常連両氏はETC完備ということで弾丸よろしく料金所を抜けていく(常識の速度でです。お金を払って止まっている僕にしたらという意味です)。

今まで利用していたガソリンスタンドはもう無くなってしまったので新たにスタンドを探しながら進むと神立駅に渡る前の珍来の近くで無事給油できた。

神立駅付近の止まれゾーンではあまりありがたくない白黒の車が多いなどと知った口を叩いてしまったが後で考えれば常連の方のほうが詳しいだろうに・・・軽い自己嫌悪である。

そしていよいよトミンに到着しレジェンドお父さん、バッキー夫妻やクルさん、バンちゃん、I駒さんやヨシカズくんと再会を果たす。
驚くことに付き添いとのことだったが通るさんとも会うことができた。
再会というにはやはりこの人をおいて他にはいないであろうI山さん、約20年前とかわらぬ笑顔でそこに立っていた。しかし未だにこの人がトミンを27秒台で走る人には思えない。が、聞いてみると学生の頃からの筑波山ロコでツナギで学校にまで行っていたようで人は見かけによいらないと痛感した。

いろいろな事が一度に飛び込んできて、すでにこのとき自分を抑えられないようになっていたんだと思う。
あれだけ心配した雨も降っていないし路面も当然乾いている。
いくら落とし穴に気をつけようと頭では考えていても行動は大はしゃぎの子供そのものだった。
まさにうちの長男のように。

そして塾長のアナウンスのもと梨本塾8月ラウンドの火ぶたが切って落とされた。と同時にパラつきだした雨が一気に本降りとなりコースはおろか身も心も濡らしていく中で7年もくすぶり続けた火種は簡単には消えては行かなかった。

つづく

2013年9月1日日曜日

覚悟

バイクは手に入った。ところがこの7年の年輪のごとくお腹の周りについた贅肉のせいでツナギに体が入らない。

走らねば。

いずれにしても走って体力をつけるつもりだった。冬になればスキーでのレースがあるためだ。
先シーズンは入賞まであと一人(レースによって入賞者数は変わるがたいていは3位もしくは6位まで)といういわゆる1漏ればかりだった。しかもその差は1/100秒とか、距離にして数センチというレースばかり。
今度は基礎体力をつけてライバルに勝とうと思っていたので丁度いいモチベーションになろう。

とすると、いつの梨塾に照準をあわせようか。
今度は自走参加となるのである程度涼しくなってから、10月だと特別開催らしいのでベストだろう。3ヶ月もあればツナギも着れるだろうし。
そう思ってスケジュールを確認すると何と年内は8月と11月しか参加できない。

やるしかねぇ。

速攻で8月の梨塾に申し込みをすると同時にダイエットを、と心に決めるものの意志が弱くて一向に断酒できない。

とりあえずツイッターで梨塾をフォローすると何やらアナウンスがあった。
もう後には引けない。文字通り思い腰をあげて走り出したときは塾までたった3週間しか残っていなかった。

一方バイクは買いますと店主に言ってから3日で届くというスピード納車だった。
久しぶりに乗ってみると爽快感どころか恐ろしくてたまらなかった。
対向車が近い。それに5年間おそらく交換していないだろうタイヤの信ぴょう性の無さからくる不安も恐ろしさに拍車をかけた。
とりあえずブレーキパッドとタイヤを手配した。

道具は何とかなりそうだ。後は腹だけだ。
間に合うだろうか?いや間に合わせねば。

食事の内容も低カロリー高タンパクとなるようにメニューを組み晩酌もやめて一週間、徐々に体重とウェストサイズに変化が現れはじめ二週間でツナギのファスナーが閉まるようになった。
最後の週でさらに絞って脊椎ガードも入るようになった。

ギリギリながら準備は整った。

あとは微妙に悪い方向へと向かう天気予報が好転するのを待つだけ。
いよいよ明日、7年の歳月を超えて再びトミンを走ることとなる。

つづく